「またあの人、嘘をついた」と思われてしまう場面が繰り返されることがあります。しかし、ADHDの特性が関係している場合、その背景には悪意ではなく特性ならではの理由があります。

私、ADHDなんだけど、気づいたら「言ったっけ?」「やってないけど…」って言ってて、嘘つきって思われてるかもって不安になるんだよなあ。
この記事では、ADHDの人が嘘をついてしまう背景にある特性、当事者ができること、周囲の関わり方を解説します。
ADHDの特性と「嘘に見える行動」の関係
ここでは、ADHDという障害の概要と、なぜ「嘘をついている」と見えてしまうのかの背景を整理します。
ADHDとはどんな障害か
ADHDは「注意欠如多動症(注意欠如・多動性障害)」とも呼ばれ、注意力の問題や衝動的で落ち着きのない行動によって生活上の困難が生じる状態です。発達障害情報のポータルサイト(厚生労働省)では、「身のまわりの特定のものに意識を集中させる脳の働きである注意力にさまざまな問題があり、または衝動的で落ち着きのない行動により、生活上さまざまな困難に直結している状態」と説明されています。
ADHDの主な特性は、「不注意」「多動性」「衝動性」の3つです。これらの特性が組み合わさることで、本人が意図しないまま周囲から「嘘をついた」と受け取られてしまう場面が生じます。重要なのは、これは人格の問題ではなく、脳の働き方の違いから生まれることです。
「嘘をついた」と見えるのは悪意からではない
発達障害のある人が「嘘をついた」と見られる場面の多くは、本人に悪意はなく、自覚もほとんどないことがわかっています。医学書院の専門情報誌「ジーン・ナビ」では、発達障害のある人の作り話や事実と異なる発言について、「確信犯的ではなく、自覚もそこまでない」ケースが大半であることが指摘されています。
ADHDの特性によって起きる「嘘に見える行動」は、大きく「衝動性による即答」「記憶のあいまいさ」「取り繕い・防衛反応」の3種類に分けることができます。次のセクションで、それぞれの背景を詳しく見ていきます。
ADHDで嘘をついてしまう背景にある3つの特性
以下では、ADHDの人が嘘をついてしまうように見える行動の主な背景を、3つの特性に分けて解説します。

「なんで嘘ついたの?」って聞かれると困るんだよね。自分では嘘ついてるつもりがないのに…。

それはADHDの特性によるものである可能性が高いですよ。どんな場面でそうなるか、一緒に整理してみましょう。
衝動性によって考える前に言葉が出てしまう
ADHDの「衝動性」の特性は、行動だけでなく発言にも表れます。相手から問いかけられたとき、十分に考える前に「反射的に答えてしまう」ことがあります。この際に、その場を収めようとする気持ちや、怒られたくないという不安から、事実とは異なる返答をしてしまうのです。
たとえば「これやった?」と聞かれたとき、「やった」と即答したものの実際にはやっていなかった、というケースがあります。悪意があって嘘をついたのではなく、衝動的に相手が聞いてほしい答えを返してしまった結果です。本人は後から「なぜあんなことを言ったんだろう」と後悔することも少なくありません。
ワーキングメモリの弱さで記憶があいまいになる
ADHDの多くの人は、「ワーキングメモリ(作業記憶)」が弱い傾向があります。ワーキングメモリとは、情報を一時的に保持しながら処理する脳の機能です。ワーキングメモリが弱いと、直前に聞いたことや約束したことを忘れやすく、「言った・言わない」の食い違いが起きやすくなります。
周囲の人から見ると「明らかに約束したのに、なぜ覚えていないのか」と感じられますが、本人は本当に覚えていないことがあります。記憶にないことを否定すると、周囲から「嘘をついている」と受け取られてしまうのです。これは意図的な嘘ではなく、記憶の定着が難しいという特性から生じる食い違いであることを理解することが大切です。ADHDの特性と症状については、こころの情報サイト(国立精神・神経医療研究センター)の発達障害のページでも詳しく解説されています。
失敗や叱責を避けるための取り繕いと防衛反応
ADHDの特性から、幼少期から日常的に叱られたり注意を受けたりしてきた当事者は、自己肯定感が低下し、失敗や叱責を回避しようとする「取り繕い」の習慣が身につきやすいです。問題が起きたとき、とっさに「やっていない」「知らない」と言ってしまうのは、過去の失敗経験への防衛反応として理解できます。
また、ADHDの人の中には、コミュニケーションの中で「相手が求めている答え」を即座に察知して合わせようとする傾向があります。サービス精神やその場の空気への敏感さが、事実とは異なる発言につながることもあります。この場合も、意図的に騙そうとしているのではなく、「うまくやろうとした結果」として嘘のように見える発言が起きるのです。
ADHDの嘘と虚言癖の違い
以下では、ADHDの特性によって生じる「嘘に見える行動」と、いわゆる「虚言癖」との違いを整理します。
虚言癖とはどのような状態か
虚言癖は、自分の利益のために計画的かつ繰り返し嘘をつく傾向を指します。演技性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害など、特定の精神疾患に見られる症状とされています。虚言癖のある人は、嘘をついていることへの自覚があり、意図的に相手を欺くことが特徴です。
一方で、ADHDの特性から生じる「嘘に見える行動」は、これとは本質的に異なります。ADHDの当事者の多くは、発言の時点で「嘘をついている」という自覚がありません。
ADHDの嘘と虚言癖の主な違い
両者の違いを整理すると、以下のようになります。
| 比較項目 | ADHDの嘘に見える行動 | 虚言癖 |
|---|---|---|
| 本人の自覚 | 自覚なし(または薄い) | 自覚あり(意図的) |
| 動機 | 衝動的・防衛反応・記憶の曖昧さ | 自己利益・他者操作 |
| 計画性 | その場の反応・場当たり的 | 計画的・意図的 |
| 原因 | ADHDの特性(脳の働き方) | パーソナリティや習慣的行動 |
| 対応方法 | 特性理解・環境調整・支援 | 専門的な心理療法・治療 |
ADHDの嘘に見える行動を「虚言癖」として扱い、性格の問題と判断してしまうと、当事者は必要なサポートを受けられないまま傷ついてしまいます。「ADHD=嘘つき」という偏見を持たず、その行動の背景に特性があることを理解することが大切です。
ADHDの当事者ができる嘘を減らすための対処法
以下では、嘘に見える発言が起きやすい場面への対処として、当事者が実践できる工夫を紹介します。

嘘をつかないようにしたいとは思ってるんだよね。でも気づいたら言っちゃってることが多くて…。

まず「自分がどんな場面で言ってしまうか」を把握することが最初のステップになりますよ。
即答せずに「少し待ってください」と伝える習慣をつくる
衝動性による即答を防ぐために効果的なのが、「すぐに答えない」という習慣です。問いかけられたとき、「少し確認してから答えます」「ちょっと待ってください」と伝えることで、考える時間をつくり、衝動的な即答を避けることができます。
特に仕事の場面では、「今すぐ確認できないので、折り返します」という形で返答するルールを自分の中で作ることが役立ちます。相手にとっても誠実な対応として映り、信頼関係を築きやすくなります。ADHDの仕事でのミスや困りごとについては、こちらの記事も参考になります。
メモや記録ツールを使って記憶の曖昧さを補う
ワーキングメモリの弱さへの対策として、約束や指示を受けたらその場ですぐにメモをとる習慣が非常に効果的です。スマートフォンのメモアプリ、音声録音、チャットツールでのやり取りの記録など、自分に合った方法で外部記憶を活用することを検討してみてください。
また、会議や打ち合わせの内容をテキストや議事録として残す環境を周囲に依頼することも有効です。「メモをとらせてもらえますか?」と伝えることは、誠実な仕事姿勢として相手に好印象を与えることもあります。記憶を補うためのADHD対策については、以下の記事でも詳しく解説しています。
自分がどんな場面で嘘をついてしまうかを振り返る
嘘に見える発言が起きやすい「トリガー」を自分で把握することも重要です。「急かされたとき」「叱られる直前の緊張感があるとき」「複数の会話が重なっているとき」など、特定の状況で問題が起きやすいパターンに気づくことで対策が立てやすくなります。
日記やセルフモニタリングのシートを活用して、「どんな状況で・どんなことを言ってしまったか・なぜそうなったか」を記録する習慣が役に立ちます。ADHDの支援を行う専門家(精神科・心療内科、就労移行支援、カウンセラーなど)と一緒にこのパターンを整理することも効果的です。
周囲の人ができるADHDへの関わり方
ここでは、ADHDの特性を持つ人の周囲にいる家族・友人・職場の同僚・上司ができる関わり方を紹介します。
感情的に責めるのではなく、事実を穏やかに確認する
ADHDの特性によって事実と異なる発言が起きたとき、「なんでまた嘘をついたの!」と感情的に責めることは避けることが大切です。そうした反応は当事者の防衛反応を強め、「正直に話しては危ない」という学習をさせてしまう可能性があります。
代わりに、「さっきこう言っていたけど、こういうことがあったよ」と事実を穏やかに伝える形が有効です。叱責よりも、「こういうふうに伝えてもらえると助かる」と具体的な代替行動を示すことで、当事者は少しずつ正直に話せるようになっていきます。
正直に話してくれたときに肯定的に反応する
ADHDの当事者が正直に「できていなかった」「間違えた」と言えたとき、その場で肯定的に反応することが大切です。「話してくれてよかった」「正直に伝えてくれてありがとう」という返しは、「正直に話しても大丈夫だ」という安心感を育てます。
これは短期間では変化が見えにくいですが、繰り返し積み重ねることで「この人には正直に話せる」という関係の土台になります。医学書院の専門情報誌でも、「正直に話してくれたときに、そのことを評価してあげることで、長期的な成長を促すことができる」と指摘されています。
記憶や約束の管理をしやすい仕組みを一緒につくる
記憶の課題に対しては、周囲が環境を整えることも助けになります。たとえば、仕事の場面では口頭での指示だけでなくテキストや書面でも残す、締め切りや約束事をカレンダーや共有ツールで管理するといった工夫が有効です。
「あなたが記憶の管理を頑張る」のではなく、「仕組みで補う」という発想の転換が、双方にとって働きやすい環境をつくります。ADHDの人が仕事で困ったときの相談先については、以下の記事も参考にしてみてください。
ADHDと嘘に関するよくある質問
ADHDと嘘の関係についてよくある質問に答えます。
まとめ
ADHDの人が嘘をつくように見える行動は、衝動性による即答・ワーキングメモリの弱さによる記憶の曖昧さ・失敗を回避しようとする防衛反応など、特性に起因するものがほとんどです。これは人格の問題ではなく、脳の働き方の違いによるものです。当事者ができる対処としては、即答を避ける習慣・メモや記録ツールの活用・自分のトリガーパターンの把握などが有効です。周囲の人は責めるのではなく、事実を穏やかに確認し、正直に話してくれたときに肯定的に反応することが大切です。
ADHDの仕事での困りごとについて、さらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
ADHDのさまざまなトピックをまとめたカテゴリページも参考にしてみてください。ADHDについての全体像を知りたい方は、ADHDの就職・仕事に関する記事一覧をご覧ください。

「嘘つき」とレッテルを貼るのではなく、まず特性を理解することが一番大切ですよ。困ったときは専門家への相談も考えてみてくださいね。
ワナワーク編集部
ワナワーク編集部は、国家資格キャリアコンサルタント(キャリア相談歴8年)を有する就職・転職支援の専門家チームです。発達障害・精神疾患のある方の「働く」に寄り添い、厚生労働省などの公的機関や医療の一次情報をもとに、信頼できる情報をお届けしています。
本記事は就職・キャリア支援の観点から作成されたものであり、医療的助言ではありません。診断・治療・服薬等については、必ず医療機関や専門家にご相談ください。記事内で紹介する内容は一般的な傾向に基づくものであり、個人差があります。

